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にひっそりお送りする「ちんさや 〜電脳系FMラジオ〜」の非公認サイトです。というか、「ちんさや」をよりディープに楽しむもうひとつの「ちんさや」です。ラジオやポッドキャストとあわせて楽しむと身内感覚100%!公式サイトを越えようとたくらんでいます。はい。

2011年01月09日

ふんふん会 1月2日分 (1) 「番組が終わる夢」


明けましておめでとうございます。
本当にみなさんのおかげでふんふん会も年越し。まだまだ小さな番組ですが無事に半年を越えそうです。
本年もどうぞよろしくお願いします!

というわけで、年頭の挨拶に代えて1月2日深夜に3時間にわたって、ちんがぶつぶつつぶやいたUstream「ふんふん会」を、再現。
前日、友達と呑んでいるところをエンエンツイキャスしたお詫びに。という、話で始まりました。あっちこっちに話を飛ばしながら色んなことを喋った物をなんとか読める形に再構成し、一部書きながら追加した物もあります。

なにぶん酒を飲みながら(懲りずに)話していることですので、まあ半分くらいに聴いてもらって。でも、全部思っていることですので、ご挨拶がわりにお暇なら読んでください。

約2万字あります(笑)。


◆番組が終わる夢

本当はふんふん会、昨日なんですけど知ってる人は知ってるように、村さ来から飲みながらバッテリが切れるまでツイキャスしてるという・・・。元旦ですからたまにはいいかなって思ったんですけど、やっぱちょっと申し訳ないなと思ってですね。やっぱ新年だから真面目にお話ししておこうかと思ってさ。今年はなんだろう、できるだけ素直にしゃべろうと思ってて。新年ですしね。んふ。最初の目標。

昨日もさんざん説教されてましたけど、「田中さんは素直じゃないから、少しも伝わらない」みたいなさあ。田中さんって呼ばれてたけども(笑)、そうなんだよね。いつもちゃんと伝わらないし、伝わらないことを喜んだりしてややこしくなる一方なんだ(笑)。今年はできるだけ、まあなんとなくえーと。

夢の話をします(笑)。

さっそく、誰にも話したことのない話をひとつします。ま、大したことではないだけどさ。去年の末くらいまでは番組でも夢の話みたいのは結構していたけども、その時も話そかなーどうしよかなーと思いつつ。もう年が明けたからいいと思うんだけど。もし口にして現実のものになった時、すごく後悔しそうだし、なによりそんな夢を見ていることを言うのが恥ずかしかった。カッコ悪いと思ってねえ。

実は「ちんさやRT」が始まってから、ちょいちょい番組が終わる夢を見るんですよ。小声。

これがねえ・・・シチュエーションは決まってて、必ず浅原さんが少し深刻そうに「いやあ、終了だよ」って俺に言うって夢なんだけど。妙にリアルなのにふわふわしてる雰囲気で。ただ、毎回終わる理由が違っててね。色々。終わり方のバリエーション披露みたいな。で、最後にええええって驚くという悪夢なんだけどね(笑)。

よっぽど嫌なんだろうと自分でも思うんだよね。すっごい嫌なわけだよねどう考えても(笑)。

つい最近もある人から「ちんさんはちんさやにしがみついてるように見える」って言われてさあ(笑)。
うーん。そうなんだよね。認める。んふふ。二年前の初回からずっとしがみついてきたから。一応、「他にも仕事はいろいろあって、この半年はちんさやRTに捧げてる」なんて気持ち悪いこと言ってるけどさ、嘘だから。これからも他の仕事なんかどうだっていいと思ってるから。今年はさすがに考えないと生活が。なんつってるけど、それはそうだけどさ。それくらい自分の中でウェイトは大きいと思う。いい年してね。お恥ずかしいです。ええ。

で、そんなせっぱ詰まった夢なんかみてるせいもあるのかな。自分の中で終わり方を考えるようになってるのね。それだけじゃないんだけどね。


◆ちんさやの終わり方

2010年は自分にとってはもちろん「ちんさやが復活した年」なんだけど。

ここからは、番組の一出演者としての感想なんだけども。
ちんさやの復活って、改めて考えても奇跡だよねえって思うのね最近。

でもタイミングは奇跡なんだけど、その課程は奇跡とかじゃないって気はするのね。奇跡って大げさ?そうかな。

2009年の3月で番組が終わって。
まず、番組は一期一会なんて当たり前のことに納得しない人がいてエフエムのサーバー借りて勝手にポッドキャストをこそこそはじめてさ。その時にふぃべさんと話したのは「いずれ復活することを目指して」だったし、「この番組をさやか様がいずれ聴いてくれるといいね」だったのね。今思えばどっちもなんの根拠もなかったのにね。

そんなことをやっていたしちょいちょい会ってはそんな話もしていたから、浅原プロデューサーもあきらめずに例のツイッター上でカトキチさんに公開突撃したわけだし。びっくりしたなアレ。嬉しかったな。実はやっぱり浅原さんが主体で動いてくれていたんだよね。

さやか様は本当に聴いてくれていたらしくて、そんな中で今一度考ちんさやについて考えてくれたそうだよ。右肩上がりの今、ちんさやに復帰することは実は少し勇気のいることだからね。

それはイキモリDも同じでね。環境が変わってるから本当に参加できるんだろうかって不安だったんだけどね。情緒的な意味だけでなく、この4人でないとちんさやができないってなかで、それぞれにあえて火中の栗拾いにやってきたわけよ(笑)。

そして、地下活動も1年続けて、実際のところかなり精も根も尽き果てかけた頃に、売り込みにうんざりしていたカトキチさんの末広部長が拾ってくれたのね。奇跡だねえ、今のグッデイさんもそうだけどバックアップ側にはすごく恵まれていると思うんだよね。

もちろん自分がポンコツリスナーの皆様(時々うっとおしい皆様)に感謝を忘れないのは、その期間も残ったリスナーさんと肩寄せ合って続けてきたんだ。だから制作側と聴取側でいっこだといつも思ってる。ちんさやは巨大な拡大する内輪受け空間にしたいよね。

とても小さな、社内的にも(知らないけど)世間でも異端のFMプログラムは最後はみんなの執念がね。カトキチさんに拾ってもらえるっていう奇跡のタイミングを呼び起こした。と思うの。しかも流行の「Twitterで復活した奇跡のFM番組」としてゲタまで履かせてもらってさ。うん。ちんさやの最後の頃に冗談で言ってた「夢をあきらめないで」って本当になったわけ。おかしいよねえ。

そんな番組だから大事にしたいよ。ホントに。
番組がなかった間に、色々と考えてしまってねえ。特に終わり方と終わった後の反省は多くてね。ああしとけばよかったこうしておけば良かったのかもとかさあ。なぜ、終わった上にいつまでもとやかく俺やさやか様に文句を言うんだろうとかさ。一部だけどねえ。あんなに楽しかったのに。

だから、一日でも長く続いて欲しいと思うほどに、同時に終わり方まで考えてしまう。
色々考えてて、ひとつこうならいいなあこれが理想だなあなんて終わり方を思いついたのね。一人悦に入って、一回ちょっと言ったら「なんてナルシスティックなエゴイスト」ってすっごい言われたんだけど昨日(笑)。

それこそ夢なんだけどね。誰かが何かの事情で番組を継続できなくなった時にはさ、いち早く自分が番組を降りるって形で終わらせたいなって。今くらいの感じなら事前に教えてくれるかも知れない。結構本気で思ってるんだけどな。

番組が終わるときって、色々言われることもあるわけでね。
作る方が終わってせいせいすることなんかあるはずもないのにね。なんで仕事が一つ無くなって叩かれる必要があんのってことよ。
さやか様でも、俺でも、浅原さん、イキモリさん、みんなそうだよ。

そういや俺もさあ。終わった後、勝手に元の同僚かなんかに「ちんはタレント目指してたけど、番組も終わって売れないタレントやってるらしい」なんて飲み会のおもしろトークになってたなんて話聞いて、ひたすら悔しかったりな(笑)。さやか様もリスナーから色々と言われたこともあったようだよ。なんでだよって話。

どうせ、誰かの責任にしないと収まらないのならそれ俺がやりたい。

実際、「ちんさやRT」では、スポンサーがどうこうって話はおいといてとにかく好きでやってるってノリが一番大事だと思っていて、誰かが辞めたいと思ったら番組の存在価値はないと思っててね。それくらいの甘っちょろい雰囲気を眉間にしわを寄せてやりたいと個人的に思うの。だからもし色んな事情でそんな話でも出るのなら積極的に自分が手を挙げたい。

他の3人はどんな形であれ放送業界人であってね、これからも他のフィールドでちんさやの思い出とともに違う仕事で大きく羽ばたいていくだろうし、そうであって欲しいじゃない?俺は違うんだね。

ちんさやが終わった時点でこの世界の人ではないの。今は職業という意味でプロと呼んでもらっていいのだと思うけど、終わったら違うわけだね。だから、俺が背負って違う世界に戻ってもってっちゃおうとか思ってさ。俺叩かれても知れてるしさ(笑)。みんないい思い出持って行って欲しいじゃない。そしたら良い思い出だけ残るかも知れない。それって大事なことだよ。

誰か欠けたら残りのメンバーでちんさやの看板おろして新しい番組始めたらいいんじゃない?なんて話したことあったけど。多分ムリだよねえ。わかっててそんな話したこともあったなあ。

つまり、キレイに終わりたい。今回は。最初から最後まで。
それまではエンエン続いて欲しいと思うよ。自分にはそれしかないんだから。なんでもやるよ。奇跡は何度もおこらないよね普通。

俺、甘っちょろくていいと思う。
騙されててもいいんだ。格好悪くても。笑ってちょうだい。番組が楽しいからなにがなんでもやりたい。
スタッフおのおのが、他の仕事に疲れたときにフッと寄り合いたい番組であれば、見ている方、聴いている方もそんな風によりあってくれるはずだ。それが番組の「空気」だと思うんだけど。

シンプルに番組は熱意と執念だ。バカみたいにそう言い切りたい2011年ではある。うん。
ラベル:ふんふん会
posted by ちん at 01:22| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
読んだ。今この文章読んだ。読んでよかった。目頭が熱くなった。
あーーー、ちんさん、この文章書いてくれてありがとう。嬉しくなった。
自分はなかなか番組の雛壇に生参加したり、ふんふん会に遅い時間まで付き合えたりできないのだけれど、
こうして文章として残してくれたお陰で、今こうして私の心は大きく揺さぶられてます。即ち、感動。

最近、ツイッターでもちんさやの最終回はこんなんだ、なんてつぶやいておりました。番組宛てのメールにも書いてたかも。
実は私もちんさやの終わり方を頭の中でぐるぐる考えてしまうみたいで。。。
何故かは判らない。
でも、ちんさんの文章読んでたらこういう事かって、ぼんやり判ってきた。。。かも。
つくづく自分はちんさやが好きなんだなぁ。正直な気持ちは、やっぱりずっと続いて欲しいのだ。

奇跡は続かないって言ってるけど、2008年4月の番組が始まったときから、
そのもっと前、ちんさん、さやか様、浅原P、生森Dが集ったときから、ずーーーーっと奇跡は続いているような気がするなぁ。
なんて言うのは、ちょっとベッキーすぎるか。
また一方で、奇跡と言われてるけど、ひとつひとつ検証していけば、必然だったとも感じられます。
ちんさんがあとの祭りを続けていたこと、ハケンCDを配り続けていたこと、打切祭を催したこと、
一方でツイッターやUstが盛り上がり、末広部長のような先鋭的な考えをお持ちの方が現れたこと、、、
復活しなきゃおかしいだろうってな心持ちをずーーーっと持ってましたよ。

改めてその想いが沸きたってきた。ああまた感動。
これから、ちんさやがどう転ぼうが、ちんさやはちんさやなんでしょう。なんの気の迷いも要りません。
Posted by それがし at 2011年01月11日 22:49
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